2013年9月19日木曜日

ポタリング、行ってきました。


ポタリング、と言うと自転車が主なのでしょうが、バイクなどで散策することも広義ではふくまれるらしく。
ならば原動機付き自転車は自転車だから十分ポタリングかなぁ〜、ということで私の愛車、ヤマハのジョグ十年くらい前製をこき使って出かけてまいりました。


当初霧島まで行く予定でしたが、家族を含めS地部長など多くの方に猛反対され、第二候補だった開聞岳を目指すことに。

お天気に恵まれ、降灰にも恵まれた9/17、わくわくしながらガソリンを満タンに、ついでに原付用のオイルも満タン、スマホもフル充電、いざ出発!です。


出発して小一時間、平川のハンバーグが美味しいお店の
駐車場にそっと入り、桜島をぱしゃり。


左側が鹿児島市内方面、灰が降ってますね、かすんでますね


錦江湾におっきな船が浮かんでいました




R226をひたすら下り、ちょっと休憩しに立ち寄った道の駅。
備蓄基地が見えましたのでぱちり。


でっかかったです



九月ですが、きれいなハイビスカスが咲いていました


そしてまた走って、途中右に曲がってまた走り…
たどり着いたのは、イッシーの住むという池田湖!


世界一のうなぎが寂しげ。後ろの山が開聞岳です




私の愛車。後ろのでっかいバイクは無関係です。


観光客もちらほらいる中、水分補給と目の保養を終え、再び原付に乗ってかっ飛ばします。




池田湖畔からみた開聞岳。真っ青な空が気持ちよい!

















唐船峡のそうめん流しを横目に見ながら通り過ぎ、
そのまま南下してたどりついたのが
本日の目的地、枚聞神社です。


枚聞神社!鳥居の上にチラと見えているのが開聞岳です





手水場にカマキリ発見。
秋なのに元気だよなぁと思いつつもぱちり。


本当に顔が三角▼でした


境内は少しひんやりとした空気が漂っていたように感じました。
そしてここにも伊勢の式年遷宮が!
確かに日本の神社の一番上だもんな〜と納得しながら
記念に一枚撮りました。



朱塗りが目に鮮やか




お参りを終え、絵馬を奉納し、振り返ってみたお社が
きれいだったので、思わずもう一枚。




また来ます!

















沢山の絵馬に記された、多くの人の儚い願いを読んで
今ここに自分の意志で立っている幸せを噛みしめました。


さて、用事も済んだし、のんびり帰路につくことに。




開聞岳には、のどかな風景が似合う気がします




ずっと真っ直ぐに続く道を走り



見事に真っ直ぐ、車もあまり通らない!
























サイドミラーに映った開聞岳を撮る私の手





















お見事な晴天!と開聞岳


そしてひたすらまた国道を上る私が目にしたのは





左方向、鹿児島市

灰にまみれているであろう鹿児島市内。
帰りたくない。。。本気で思いました。


帰り着く前にもうちょっとだけ非日常を、と立ち寄った
自宅近くにある喫茶店でお茶。



はっぴばーすでー☆

手首から先だけグローブみたいに日焼けしましたが
ぷらぷら走るの、楽しかったです。
今度は紅葉をたずねて北薩方面に行ってみようかな〜と思ったり。
原付の手入れしないと!


ひとりを満喫できるようになると
大人になったような気がしていましたが
気付けばホントにひとりを楽しんでる自分がいて
縁遠いはずだとしみじみ思いながら第一回ポタリングは幕を下ろしたのでした。

OP 堤

2013年9月18日水曜日

衝撃の再会

前記事のN嶺さんよりプレッシャーという名の重いバトンを渡されてしまいましたが、
最終走者H高が精一杯、今回の台湾旅行の面白さをお伝えしたいと思います。

さて、今回の旅で何が一番衝撃的だったかと言いますと…
タイトルにも書いている通り、それは「再会」。

異国の地で、いったい誰に再会したのか。
前回N嶺さんが書いた記事を思い出しつつ、お読みください。

その前に!N嶺さん、14日じゃなく、11日の朝ですよ~。
すっかり台湾のゆるやかな時間の流れにやられてしまったようです。
(時差は1時間ですが)

話は前回とかぶりますが、11日の朝に朝食を食べにホテルを出た私たち。
向かうは、永和豆漿大王という、豆乳スープと揚げパンで有名なお店。
N嶺さんは、タクシーのおじさんに美味しいお店だとおろされ、と簡潔に書いていましたが
実際は、上記のお店に行くことを予定していたのです。…
が!「現地の人、食べにくる。こっちも同じようなお店」と案内された
洪記豆漿大王」。ん?いきなり想定外の展開。
けど、問題なく美味しくいただき、大満足でお店をあとに♪

でもここ、一体どこ?
土地勘のない私たちはすぐにまた別のタクシーを探しました。
すると「どこいくのー?」と、一本、道路を挟んで少し離れたところから声が。
見ると、タクシーのおじさんが窓をあけてこちらを気にしてくれている。
しかも日本語!!これは乗るっきゃないでしょ!

以下、運転手さん(名は、高さんという)との会話文。
(きっちりとは覚えてないけど大体こんな流れ)

高さん「どこいくの?」
私たち「忠烈祠にいきたい!イケメンみたい!」
高さん「あーヂョンリェツーねー、まだ開いてないヨ!9時からだよー」
私たち「え!そうなの?どうしよう~」
高さん「お茶は?いいお店知ってるヨ。そこ、知り合い。日本語も通じるよ、案内する。
そのあと、ヂョンリェツー行けばいいよ」

おっと、いきなり怪しい展開…だけど、お茶、飲みたい。
高さん、日本が好きで何度も訪れているのだという。言うだけあって、
日本語はほぼぺらぺら。難しい単語も知っている。
少し警戒しつつも、乗り掛かった船、高さんの笑顔と言葉にほだされ
お茶屋さんへ行くことに。

お茶屋さんへつくと、早速、これまた日本語ぺらっぺらなおばちゃんが、
わんこそば並みに次から次へと、お茶をサービスしてくれる。
もちろん何も知らない観光客へ高いものを売りつけるためだろう、と疑いつつも
その美味しさに、我を忘れて飲みまくり、おばちゃんの「そんなに迷うなら安くする、
これもサービスよ、わかった、じゃあこうしよう」と必死な様子に、一瞬、家族皆の
呆れた表情が頭をよぎるが、最初に飲んだ「阿里山茶」のあまりに芳醇な香りと味が
私の心を揺さぶりまくり、ついに陥落。
お値段は、もしあれなときにあれなので、恥ずかしくて言えませんが
結構なお値段でした。それを、7つも買ってしまいました。あえてさらりと言いますよ。
某中華街では5倍の値段で売ってるらしいって、ほんとかなー?

でも私、この時、最高に自分に都合のいい、この行動を正当化できる言葉を思いついたんです。
「先の大震災のとき、台湾は200億もの義援金を寄付してくれたではないか!
たとえぼったくられていたとしても、お返しと思えばそんなの大した金じゃあない」(ドヤぁ!)

さて思い切った買い物をした後、また高さんにパイナップルケーキのお店につれていかれ
ちょうどいい時間になったころに、やっと、お目当ての忠烈祠へ。
衝撃の出会いまで、もうちょっとですよ。皆さん、ついてきてます?

忠烈祠にて、やっとここまで連れてきてくれたタクシーの運ちゃん、高さんとお別れ。
しかし!
高さん「わたし、次、予定あるから、ここでお別れ。だけど、他のタクシー紹介するよ」
えっ?!親切心なんだろうけど、なに勝手なことしてくれちゃってんの!
と、一同戸惑っていると…紹介されたタクシーの前に、まさかの人物。
あ、あれ?あなた、どこかで会った事ありますよね?

さて、聡明な読者の皆さんならもうお気づきでしょう。
ここまでで登場した人物はそう多くはありません。

そう!そこにいたのは。朝、洪記豆漿大王まで案内してくれた、
タクシーの運転手さんだったのです!!(えええーーーー!)

こんな、偶然ってある?!
だって、止まってるタクシーじゃなくて、走ってるタクシー止めたよね?
みんな、混乱。疑惑むくむく。でも、すぐ大笑いして、こんな奇跡って、ないよね。って、
結局その運転手さんにお世話になったのでした!
そして、よくよく聞くと、その人は、高さんの従兄弟だそう!
(2度目のえええーーーー!)

あまりに出来過ぎているので、高さん、ずっと私たちのこと狙ってたんじゃないの!
だとか実は今まで会った人たち、全員繋がっていて…とか(←すごく失礼ですが)
その日の晩にそのまま夜を明かす勢いで、携帯で「阿里山茶」「価格」、
「高さん」「台湾タクシー」などなど検索しまくり、嘘か真か判らない情報までも仕入れてしまい。
これ以外にもいろいろ疑い過ぎて後にN嶺さんより「疑いのH高」の二つ名を頂くほど、
一時は疑心暗鬼になりましたが…

振り返ってみると、どの日も楽しくて、何食べても美味しくて、人の優しさにもふれて…
涙が出るほど笑った、最高の旅となったのでした!!

書きたい事が多すぎて、殆ど文字だけになってしまいましたが、一枚だけ写真を。
これは、3日目に行った、台湾班1班N友さんお勧めのICE MONSTERの入り口。
どなたが書いたかわからない「ありがとう」の文字に、胸と目頭が熱くなりました。
本当に、本当にありがとう、台湾のみなさん。



そして最後に、この素晴らしい機会を与えてくださった五十嵐社長、寛子さん。
温かく見送ってくださったマコセの皆さま。私がいない分、頑張ってくださった方々…。
そして、家族に、改めてありがとうございました!!
(あ、ここまで飽きずに読んで下さった方も!)

2013年9月16日月曜日

☆台湾旅行 2日目 ☆

   ☆台湾旅行2日目☆

   9/14水(水)午前8時 ホテルを出発し、朝食を食べに行きました。
   タクシーのおじさんから、おいしい店だと降ろされ、とある場所へ。
            ↑この肉巻クレープ!かなりおいしかったです!

             
      こちらのお店の小籠包もタレもすごくおいしくて
      餃子もパリッとしていて大満足でした。その後 タクシーにて衛兵交代式
           にて台湾的イケメン男子をチェック↓
             

このタクシーのおじさん二人覚えてて下さいね! 
       後日、日髙さんが面白おかしくブログにアップしてくれますので
            お・た・の・し・み・に! 
         

             お昼は、小籠包を食べに行き、



   
       本命のかき氷は、明日のおたのしみにまわし、思慕昔へ。
    ふわっつ!ふあっつ!の かき氷に大感激でした!超〜おいしい〜おいしい〜
      




町をブラブラとしていると、発見!↑五十嵐社長の名前?
            美味しい物を食べて、仕事のことをすっかり忘れて、
              楽しくて仕方ない私たちは 
              思わず!頭を下げてました! 

              夜は、欣葉というお店へ。
         高級なお店だっただけに、びくびくしながら一品頼んで帰ろう!なん       て話していましたが、値段を見ながら、注文!
       なかでも、からすみチャーハン!超美味しかった〜
           二度目の小籠包食べ比べもして。
          ほんとにほんとに食べる物すべて美味しくて。しあわせ120%

        食事の後には、ロクシタンへエステにも行かせてもらいました。

                        
     パートでありながら、毎年 社員旅行に参加させて頂く機会を与えて下さり、
       社長、寛子さん 本当に有難うございました!そして、家族に感謝です!
       これからもがんばりますので、よろしくお願いします。

           最後に綺麗なモデルさんで目を潤して下さいませ!




台湾最高!有難うございました! 
サポート長嶺でした。
   











2013年9月15日日曜日

社員旅行 台湾班 動物園にて

お疲れさまです。サポートの松元です。

今回の旅行で私が一番楽しみにしていた、動物園の『パンダ』!
3日目の朝、行ってきました。






実は2ヵ月前に赤ちゃんが生まれたらしく、残念ながらお母さんパンダと
赤ちゃんパンダには会えませんでしたが、お父さんパンダのトアントアンに
会うことができました☆

本当はもう いい歳のおじさんなのかもしれないけど、、
ぽっちゃりで相当かわいい。。 ずーっと見てても飽きない。。
…結果、動物園ではパンダ館以外、まわってません。
もう大満足です★








お手洗いもイチイチかわいい。。






社員という名のつく旅行に、毎年 私たちサポートも参加させて下さる
五十嵐社長、寛子さんをはじめ、マコセの全ての皆さまに感謝です!

また気を引き締めて、サポート業務 頑張ります☆

ありがとうございました^^













2013年9月14日土曜日

☆台湾班1日目☆



チャイナエアラインの機内食を美味しく頂き、その後はモンスターズユニバーシティを観賞しながらついに!台湾へ到着!本当にあっという間に着いちゃいました^^

ホテルにチェックインした後はタクシーで『千と千尋の神隠し』で有名な九份へ…
市内からは一時間ほどかかります。


ここまで運転をしてくれたタクシーのおじちゃんを満面の笑みで見送ったら、
まさかの30元(90円ほど)ぼったくられていたという事実…泣
おっちゃんはすがすがしく去って行きました(してやられた!笑)

そして漂ってきた例の臭い…
前回の台湾班の皆様から聞いていましたが、
想像以上の臭いがあたりに充満。
原因はこれでした

臭豆腐↓

ちなみに臭豆腐は夜市やコンビニにも売っておりまして
所々で独特の臭いを堪能する羽目に…。泣
(コンビニのおでんに入っているのは当たり前みたい…)
ビニールに空気を詰めて、マコセに持って帰ろうかと一瞬考えたり…

買い物をするM元さん、N嶺さんH高さん
九份からの景色は綺麗でした
まさに千と千尋の神隠しそのまんま!
九份で唯一食べたもの。これで65元(195円)だからすごい
ちなみにタピオカジュースとフルーツジュースも絶品!
途中の石けん屋さんで台湾のイケメンを見つけて。パシャリ
写真を縦に出来ず断念…
私の一押しです☆笑
ここからイケメン探しに火がついた私たちは、道行くイケメン&美女に
声をかけまくりました笑

九份の香りとイケメンと夜景を満喫した後は士林夜市へ☆
意外とどこも日本人や日本語が話せる人が多くてびっくりしました。
士林夜市

夜市ではニンニクたっぷりのホットドックみたいなものと
でかいチキン、フルーツを食べました。
ここでM元さん一押しのイケメン発見!
女の子でした♡
まだまだ伝えたいことがありますが、また明日の楽しみに取っておいて…
初海外でこんなに充実した四日間を過ごせたことに感動しております。
これも笑顔で送り出してくれたマコセの皆さん、寛子さん、
そして何より社長のおかげです。本当にありがとうございした。
台湾の方は皆優しく親切な人ばかりで心が温まりました。
仕事をする上でも「優しさ」を忘れず、本日から よりいっそう頑張っていきます。

最期は皆の笑顔でさようなら。

OP:Y下

2013年9月13日金曜日

社員旅行 台湾班到着しました!


台湾班無事に鹿児島に帰ってまいりました!
充実した4日間でリフレッシュすることができました^^
皆さんありがとうございました。
また明日から頑張ります!


2013年9月12日木曜日

おもふこと


何を書こうかな〜、何か楽しいことを…と
いろいろ考えてみたのですが、やはり
この話を書かないと自分のもやもやが
晴れないので書かせて頂きます。

私の母方の祖父母は、みんなから「パパ」「ママ」と
呼ばれていました。もちろん私も、物心ついたころから
おじいちゃんは「パパ」
おばあちゃんは「ママ」
ふたりとも、初孫の私が可愛くて仕方なかったらしく
それはそれは可愛がってもらいました。
2歳半ばまでは、ママのお母さん…ひいばあちゃんも健在で
私は祖父母宅に入り浸りの幼少期を過ごしました。


小学校から一緒だったというパパとママ。
パパはそれなりに苦労を経験していますが、ママは
歯医者さんの娘で、いわゆるお嬢様。
結婚して初めて迎えたお正月、一体何をどうすれば
いいのか分からず、ママは ぽろぽろ泣きながら
パパに相談したと教えてもらいました。
そしたらパパは「いつもどおりでいいんだよ」と
笑って答えてくれたそうです。
「飾りもご馳走もなかったけどね、この人と
一緒になってよかったと思ったわ」と、おせちの
支度をしながら笑うママが、可愛く見えました。


国、数、英、体… といろんな教科の免許を持ち
某高校で教師をしていたパパは、私が何か尋ねると
なんでも答えてくれるスーパーマン。
残念ながら数学と体育の才能は遺伝しなかったけれど
いつも にこにこ笑って見守っていてくれました。


事情があって近年は離れて暮らしていましたが
やっぱり今思い出すのはふたりの笑顔。


だんだん記憶が曖昧になってしまっていたママは
目の前でパパが倒れているのにも気付かなくて、
冷たくなったパパをみんなで運んでいる光景を見ても
理解できず、「パパがいないの」と探していたそうです。

そしてパパを見送った次の日、ママは静かに
パパのベッドで息を引き取りました。

安いドラマか小説みたいな話ですが
私たちは、パパがママをひとりにしておけなくて
連れて行ったんだと信じています。

あれから2ヶ月立った今でも、ふと寂しくなったり
夢を見て夜中に目がさめたりしてしまいます。
私はなんて不幸者だと落ち込んだりもします。

だけど、きっとパパとママは
ふたり一緒で幸せだと思うので
私もちょっとずつ、頑張っていきます。



長話にお付き合い頂き、ありがとうございました。OP:N



2013年9月10日火曜日

9月台湾班出発です!

9月10日〜13日
台湾班旅へ出てまいります!
メンバーは山下(琴)、松元さん、長嶺さん、日高(真)さんの四名です。
初海外の山下と日高さんですが、台湾を思い切り満喫しようと思っております☆

マコセの皆さんにはご迷惑をおかけしますが、沢山学んで時にイケメンに
癒やされパワーアップして帰ってきます。
3日後お腹の調子が良いことだけを願い、いざ飛行機へ…!

2013年9月9日月曜日

夢見る今日この頃です。


第一結婚ラッシュを迎え、昨年は見事にお祝儀貧乏を経験した私ですが、
今年は、ベビーラッシュです!

若いお母さん達に交じって、ベビー服を見て、よだれかけを見て、おもちゃを探して…
とうとう、先日 ベビー服専門店でポイントカードを作りました。
我が子はいないのに…。

出産祝いを持って友人の赤ちゃんを見せてもらうと、
それはもう可愛くて可愛くて!!!
全身ぷにぷに。私の親指ほどしかない、小さい手足。
見ているだけで癒やされる心地でした。

そんな機会に触れて、自分がもし子供を産んだら…と
妄想にふけるようになりました。
4000グラムで生まれた私の子供ですから、さぞかし大きいのでしょうが。
(産むの大変そう…)


そして、私を育ててくれた親の心境にもなります。
私は小さい頃から何をしても、一発では出来ない子。
びびりごろだし、何をするにもトロイし。
泳ぐことはおろか 顔を水につけることすら出来ず、
自転車に乗れるようになるまでに 約半年の時間を費やし、
さかあがりや倒立は皆無。


今思わなくても、きっと私は勘の悪い運動音痴だったのでしょう。
しかし、うちの親は、私が何か出来ないことを持って帰るたびに
「じゃあ特訓だね」と練習を始めました。



幼稚園の頃から運動会が近づくと数週間前から母と二人で走り込み、
跳び箱が跳べないと 親と馬跳びをして、
台上前転が出来ないと 家の低いテーブルに布団を敷いて
その上で転がりまわって、
体育で卓球があると 食卓にビデオテープを並べて 家族でトーナメント…



要領が悪いわたしの、驚くほど成長の見られない 地道な練習に、
愛想もつかさず、本当によく付き合ってくれたと思います。




おかげさまで、体育だけは常に5でした。
中学、高校、そして現在でも、
出来ないことに出くわす度に
「最初から出来たことなんてない。いつものことだ。練習せねば」
と思うようになりました。
スポ根上等、負けず嫌いで頑固な性格のまま、ここまで育ちましたが…
親にはとっても感謝しています。



私も、自分に子供ができたら、一緒に本気で汗を流せるような、
そんな体育会系の温かい家庭を築きたいと思う、今日この頃です。


オペ:kayumi

2013年9月6日金曜日

なぜか懐かしい日々

つい先日 9月2日(月)
長い夏休みの幻想を抱きつつ、子ども達が始業式を迎えた その日。
(最近では1週間早く始まる学校もあるそうですが…)
マコセでも新たなスタートがありました。
それは〝4階第OP室〟

新ビルに引っ越してきてからオペレーターは3階フロアのみで
仕事をしておりましたが、有り難いことに続々と新しい仲間を迎え、
もはや〝ぎゅうぎゅう〟の状態(>_<)
そこで私を含め9名のオペレーターがタンポポの綿毛のごとく、
ポンと3階を飛び出して4階へ引っ越しすることとなりました。

机も新しい物を揃えて頂き、
パーテーションもきれいになった真新しいオフィスで
気持ちも新たに仕事始めをしたのですが…んん? なぜか懐かしい。
なんだろうこの感じ、と思っていたら
5.6年ほど前、まだ旧ビルで仕事をしていた頃を私は思い出していた
のです。
立ち上がれば全員の顔が見えて、全員の声が聞こえる。
困っている様子や、頑張っている様子が手にとるように見える。
あぁこんな感じだったよなぁ。と そう遠くはない昔を偲んで
深い感慨を覚えました。

思えば、私達オペレーターの仕事はご遺族のお話を聴かせて頂き、
お気持ちを文章という形にしていく、本当にやり甲斐のあるお仕事です。
その一方で、悩む時も きつい時も多々あります。
そんな時に支えてくれるのはいつも、近くにいるオペレーターの仲間。
10人が50人になろうと、100人になろうと、きっとそれは変わらない
でしょう。
オペレーター全員が前に進んでいく中で4階第2OP室の果たす役割とは
何か…? 存在意義を考えつつ、これからも試行錯誤していきたいと
思います。                  オペレーター 正田
新たな夜明けとなるか?!

2013年9月2日月曜日

おじいちゃんがいた日々。


日々の暮らしに追われていると、つい自分本位になってしまったり、
ささいなことにも感謝する気持ちを忘れそうになり、ちっぽけな自分を
痛感します。
そんな時思い出すようにしているのは、亡くなってから、もう20年近くになる
祖父のことです。生きていれば115歳くらいでしょうか…


社会人になってすぐ、2年間ほどその祖父と二人暮らしをしたのですが、
毎朝起こしてもらったり、時にはご飯まで作ってもらったりして、
私はあまりいい孫ではありませんでした。
毎日午後8時過ぎには寝て、おそらく5時前には起きて一人ラジオ体操をし、
その後真緑の野菜ジュースを手作りしていた祖父とは生活サイクルが合わず…
やがて間違った自立心が芽生え(今となってはそう思います)、
一人暮らしをすることを決意しました。
当然母親は猛反対!でも全幅の信頼をおいていた祖父の「いいじゃないか」の
ひと言で母は戦意喪失。
私は晴れて一人暮らしを始めたというわけです。


ところが、それからしばらくして祖父は体調を崩し、長いとはいえない
療養生活を送ったのちに他界しました。
「もしかして、私がいなくなったから張り合いがなくなっちゃった…?!」
そう考えて、自分を責めたりもしました。
そして、祖父と過ごした日々のことが走馬燈のように甦り…
休日だというのに、2階で寝ている私の名前をとてつもなく大きな声で呼んで
起こしてみたり。
あまり好きではない羊羹をしつこく「美味しいから食べろ、食べろ」と
すすめてみたり。
勝手に部屋の掃除をしていたり。
「でもそれって全部私のためだ…」そう気付いた時に、何故だか力が抜けて
しまうような感覚におそわれました。
煙たがられても嫌がられても、孫のためと思えばこそ余計なことを言い続ける
無償の愛。
このおじいちゃんがいて私が存在するのだということを、多分その時初めて
実感しました。
だから、ふと祖父のことを思い出すと、自然と「ありがとう」という言葉が
浮かんできます。そうすると、少し優しい気持ちになれる自分がいます。


お盆にはもちろん「ありがとう」を伝えに祖父のお墓へ行きました。


「沖縄戦の写真集を厚紙の頁がぼろぼろになるくらい、
 何度も何度も見ていたおじいちゃん。そっちの世界は平和ですか?」



                      グリーフサポート部  篠原



お知らせ

マコセ社員blogを見て頂き、ありがとうございます。 2021年4月1日から下記へblogを移行しました。 https://e-macose.jp/blog/