2011年4月11日月曜日

癒されました3

吉留さんに続き、私も花かごしまメイン会場の吉野公園とサブ会場 
中山にあるふれあいスポーツランド公園へ行ってきました!

吉野公園では、 色とりどりの花を楽しんだり、疲れたら足湯でゆっくりお茶と和菓子を食べながら桜島を眺めたり!
中山のフレスポ公園は子供連れの方にはおすすめ!
クイズをしながらまわれるので、子ども達は、いきいきとはしりまわってクイズに挑戦して
シールや花の種をもらったり、いかだに乗ったり、五感で楽しめるブロックもあり吉野公園のメイン会場よりも楽しかったと!

↓これはカレープランツという植物です!
なんと!ほんとにカレーのにおいがするんです!
他にもチョコレートやレモンなどありましたよ!
5月にはバラも咲く頃なのでもっときれいだろうな〜
わたしもまた行こっ!なんどでも!↓癒されますよ!
明日から新ビルでのお仕事!
あたふたしているかもしれませんが、頑張りますので
よろしくお願いしいます! 
サポート ナガミネ


本日は最終日なり

ほとんど何もなくなった集計室より、おはようございます。

本日は引っ越し当日ということでロッカーや食器棚も移動され、声が響くようになりました。


食器を段ボールで運んだだけで全身筋肉痛になった、完全に運動不足の私。

最近いつ運動したっけ・・・と思い出してみると、1年以上前でした。



広島発祥のスポーツで、「エスキーテニス」という競技をご存知でしょうか。

原爆で何もかもなくなった地で、子供たちが板とボールで遊びだしたのが始まりだそうです。

今ではスポーツセンターで大きなコートが設置されているほど、知れ渡ってきました。

大学時代に興味本位で始めた、そのエスキーテニスのラケットが、これ↓↓



ちなみに、その辺に売っていません。

握ると、こうなります。↓↓

ボールも特殊で、鹿児島に戻ってくるときに紛失しました・・・(T_T)

これで、テニスコートの半分の大きさのコートで打ち合います。

姿勢は中腰・・・鍛えられます。

1年前までは、月に数回、これで汗を流していました。


ぜひ広島に行く機会があれば、チャレンジしてみてください。




明日から新しいビルで心機一転!!!!


頑張っていきましょう(^_^)/




集計室  川原




2011年4月9日土曜日

☆これくしょんⅡ☆

朝晩は冷えるものの、昼間は暖かく過ごしやすい日々が続いております。

通勤途中きれいに晴れた青空を見ると嬉しくもあり、悲しくもあり・・・。

晴天の下で思いっきり羽を伸ばしたい!!と思いながらも、

蛍光灯の下で時間に追われているのが現実。

帰る頃には日も沈み、街中の明かりが煌々と輝いております。


そんな中ちょっと一息入れたいときにオススメなのがこちらの絵本。



以前にもブログで紹介したものですが、なんと12年ぶりに新作がでたのです!!前作が発売されたのが1999年の2月、私が小学6年のとき。

時間の流れの早さにもビックリですが、それだけ年月が経っても 年を重ねても

絵本は私の癒しのひとつ♪


忙しい毎日を送られている方、あまり本を読まない方

いろいろいらっしゃると思いますが、何かひとつお気に入りの絵本を

持っていてほしいなと思った岩島でした。

2011年4月8日金曜日

癒されてきました☆2

吉野公園で開催されている「花かごしま2011」に行ってきました!

ここは、義理のお父さんがしているグラウンドゴルフの応援に行っり、主人の実家の七社(ななやしろ)地域の運動会があったりして、
よく行く公園です。

←これはキャラクターの「ぐりぶー」です。




←色々なコーナーができていて、
なぜか畑もできており、レタスやネギ、キャベツ、
にんじん等を植えているコーナーがあって、
田の神様(たのかんさぁ)もいらっしゃいました(^o^)




会場内、色鮮やかな、春のお花が一面に咲いていて、本当にきれい!

花作りが趣味の方の気持ちが少し
わかったかも…
でも自分で育てるのは難しいです。
なぜか枯れてしまうんですよね(T_T)

「また明日から頑張ろう!!!」


花達に元気をもらって癒された1日でした。吉留


2011年4月5日火曜日

癒されました。。。。

先日、娘と映画を観に行きました。
『塔上のラプンツェル』
春休みにどこにも連れて行って
あげられなかったので 映画ぐらい。。。と出かけました。
私は寝てればいいやと思っていたのですが
すっかり見入ってしまいました。
ラストではうっかり涙してしまうほど、とてもよかったです。
もちろん300円の贅沢をして3Dで楽しみました。
最近のアニメってスゴイ!!
映像の美しさと、細やかな表情の描き方に感激。
さすがにディズニー映画です。
色はきれいだし、 久々のファンタジーな世界に
ココロが癒されました。
おススメです。みなさんもぜひ!!
OP yoshimura

九州新幹線全線開通

3月に九州新幹線が全線開通して早20日ほどが経過しました。
ちょうど熊本で用事があり、私 早速乗って参りました。

シュッとしたデザイン。

近すぎて魅力を伝えきれないのが残念(涙)




























ちなみに車内はこんな感じ。

以前から走っていた つばめ同様 高級感あふれる内装です。













何より動するのは、新八代で乗り換えなくて良いという事!!

そして熊本まで1時間を切る移動時間。

その昔は特急で2時間30分かかっていたことを考えると

劇的な速さです。(さらに昔はもっと時間を要していましたっけ)

6~7年前につばめが部分開通してからは、かなりスピーディーになったものの

乗車して30分前後で新幹線と特急を

乗り換えていたので

何だか落ち着きませんでした。

速いって素晴らしい、便利って素晴らしい♪

そんなことを考えつつ、ふと気づいたのですが

今までは乗り換えがあったから、寝過ごすことはなかったけれど

これからは、熟睡すると新大阪まで旅してしまう危険性がある

ということですよね!?(貧弱な発想)

今後は緊張感を持って乗車しようと思います(固い決意)


感慨にひたっている間に熊本駅へ到着。

工事段階の様子しか見ていなかったので

近未来な雰囲気のホームに驚きを隠せず。

降車する場所を間違えたか??と一瞬ドキッとしたほどです。

土産物売り場も充実していて、見応えありましたよ。













熊本駅を出ると 向かいにそびえ立つのがタワーマンション。
















駅と直結、一番下のフロアはスーパーマーケットだと聞いております。

ちょっと前までレトロな建物が並んでいた場所なのに

大きな変貌を遂げていて、さらに驚きました。

新幹線が開通すると、色んなものが動くのですねぇ。

鹿児島中央駅にアミュプラザができた時も

「これ、私が知ってる鹿児島じゃない」と焦ったものです。


そんなこんなで新幹線の影響を ひしひしと感じた旅でございました。

近いうちに博多駅に行きたいなぁ~と思っているオペレーター石堂でした。


2011年4月2日土曜日

終わらない震災

高校を卒業すると、私は故郷を離れて
長崎県の大学に進学しました。
明け方、父の車に荷物を積み込み
当時母が入院していた(←転倒して両膝骨折で・・)
病院にお別れを告げに行って、いざ出発。
田舎を離れる時は、寂しさと不安で胸がいっぱいになり
運転席の父に見つからないよう泣きました。

しかし、入学式を終えて父が長崎を離れると
心はウキウキ。
同じ大学に進学した友達がいなかったため
学校に行くことは億劫でしたが
六畳一間の小さなお城は、すぐにお気に入りの
場所となりました♪
以来、ホームシック知らず!!
心配する親から電話が来ても「楽しい」「こっちが良い」と
あっけらかんとしていたことを覚えています。

そんなある日、地震がきました。
きっと震度3程度のものだったと思います。
私の住むマンションはワンフロア2世帯の8階建て
という細長い建物だったため、7階に住んでいた私の
部屋は大きく揺れたように感じました。
どのくらい揺れていたのか、わかりませんが
わずかな時間に「このまま家族と会えなかったらどうしよう」
そんな思いが頭をよぎって、言い得ぬ恐怖におそわれました。

今もテレビやインターネットの速報で「震度4」という
文字を毎日のように目にします。
被災地の皆さんが どんな気持ちで毎日を過ごしているのか…
不安のない生活、心から笑える日々が一日も早く訪れるよう
祈っています。

オペレーター 鮎川

2011年3月31日木曜日

ありがとう(^‐^)

気が付けば年を越してから3ヶ月が経ち、明日から4月。

新年度の始まりと同時に新生活がスタートするという方も

いらっしゃるのではないでしょうか。

私自身 昨年の同じ時期と今を比べると、状況がガラリと変わりました。

macoseに入社してまだまだ1年足らずですが、

お礼状の取材を通して多くの人の人生に触れ、多くのことを学ばせていただいた

この1年は、これまでにないくらい濃いものでした。


幼い息子様を亡くされた悲しみの中でも「良い文章を書いてほしいから、

何でも聞いてください」と言ってくださったお父様や、

「身内が言うのもおかしいけれど・・・」と前置きしながら故人様の良い所を

次から次へと話してくださる方、時には駄洒落好きなご主人が言っていた

ネタを披露してくださった奥様・・・思わず一緒になって笑ってしまいました。


そして取材でよく耳にするのがありがとうという言葉。

「最後におかけしたい言葉はないですか」と尋ねた時に

ご遺族から故人様への思いとして聞くことが多いですが、

年齢や病で体の自由がきかなくなり 人の手が必要となった故人様が

支えてくれる家族や病院のスタッフ、介護施設の方々に

ありがとう、ありがとう

言っていた姿が印象的だったというのをよく聞きます。


文字にすると、たった5つ字で成り立っている言葉ですが、

そこには様々な気持ちが込められているように思います。


下の写真は私がよく会社で飲んでいる紙パックの野菜ジュース。

もともと長方体をしているのですが、飲み終わってたたむと、

それまでには見えていたなかったところに

たたんでくれてありがとうの文字が!!

私は ただクセで畳んだだけだったので、感動してしまいました☆

コレも消費者の心理をつく企業の戦略のひとつといえばそうかもしれませんが、

私としてはこの一言ですごく心があったかくなりました。



そしてそんな感動に浸ったころから間をおかずに目にしたのが2枚目のお写真。

これはとあるお菓子の箱のそこから出てきたものです。 「ありがとう」

近いところでは家族同士や友達同士、職場の同僚などで交され、

最近では被災された方からボランティアの方へ贈られている様子も目にしました。

聞きなれた言葉ではありますが、 取材を通して、自分自身の体験を通して

私は改めて言葉の持つ力を実感したように思います。


うまくまとまらず思いのほか長文になってしまいましたが、

読んでくださってありがとうございました。


どんな時でも感謝の心と優しさを忘れずにいられるよう努めたいと思った

ope 岩島でした。

明日ノニッポンヲ担ウ子供達

昨年末に二人目の出産で里帰りしていた妹。

二月に入り、ようやく東京へ帰ったと思った矢先のこの震災。。。

幼児と乳幼児を連れて再び、実家へと避難してきました。


余震は続き、計画停電や水の問題、、、

これから日本はどうなるのでしょうか。

日々報道される被災地の光景、被災者の声に胸がしめつけられます。

ジャージ姿の中学生の女の子が、

「おかあさーん おかあさーん」と悲痛の声で

母親をさがしていた姿は自分の娘と重なり、涙がこみあげました。


被災地の皆様には、心からお見舞い申し上げます。


本当に。。。





ところで、娘も4月から4年生。

分数の通分をしていた算数のノートをみて、成長していることを

実感しました。(笑)ついこの前まで、「山」とか「川」くらいしか

書けないと思っていたのに。。。

いつのまにか私の若かりし頃(すりむぼでぃだった頃)の服を

着れるようになり、

一年生の時に買った学校の制服は当然、つんつるてん。

小学生にはありがちなスタイルですが、気付いてあげられなかった

ママが悪かったと反省しております。


さすがにこの春休みには新調してあげようと思ってます。



心の成長ぶりも順調な仕上がりです。

この震災の報道をみれば涙を流し、募金を募る人がいれば

素通りすることはできないと、私の財布をあさります。

友達同士で被災地へ手紙を書いたり、何かできることを

したいといろいろ書き出していました。


この先のニッポンを担っていくこの子達が、

このまま 思いやりの気持ちを忘れずに育ってくれることを

切に願っています。


OP yoshimura

「とっても幸せでした」

毎日のように取材をしていると、必ず心に響く言葉に出会います。 最近一番ぐっと来たのは 「『とっても幸せでした。ありがとう』と言いたいですね」 という言葉。 私が泣きたくなるほど感動したのには、 いろいろ理由があると思いますが、 50年以上を共にした80歳過ぎの奥様がご主人へ向けて 贈ったメッセージだからこそ、ずしんとした 重みがあったんだと思います。 悲しみに満ちた声ではなく、一緒に歩んだ日々が 大変満足のいくものだったという温かく、優しい声で 「そうですねぇ…ふふ^^* 『とっても幸せでしたよ、ありがとう』と言いたいですね 本当にそうだったんですよ」 うちの両親も互いにそう言えるんだろうか。 私は いつかそう言えるんだろうか。 私と半世紀以上を共にしてくれる奇特な人が現れたら 相方は私と歩んだ人生の終わりに「幸せだった」と涙を浮かべながらも 精一杯の笑顔で言ってくれるんだろうか。 いろいろなことを考えました。 思い通りにはいかなくても、いつか「幸せだった」と言える人生を歩みたい、 この仕事をするまでは、『今』ばかりが大事で、あまり考えたことの なかったことかもしれません。

by 取違

2011年3月30日水曜日

一人の手


この度の震災により被害を受けられた皆様へ

謹んでお見舞いを申し上げます。




被災地の様子を目の当たりにして


心に浮かんだ歌がありました。


それは30年以上前、小学校1年生の時


担任の先生に習った「一人の手」という歌






「ひとりの小さな手 何もできないけど


それでも みんなの手と手をあわせれば


何かできる 何かできる




ひとりの小さな目  何も見えないけど


それでも みんなの瞳(ひとみ)でみつめれば


何か見える 何か見える   




ひとりの小さな声 何も言えないけど


それでも みんなの声が集まれば


何か言える 何か言える




ひとりで歩く道 遠くてつらいけど


それでも みんなのあしぶみ響かせば


楽しくなる  長い道も




ひとりの人間は  とても弱いけど


それでも みんなが集まれば


強くなれる  強くなれる 」






宮城県の避難所となっている中学校で


歌で皆を元気づけたいとおっしゃる先生が、


この歌詞を黒板に貼り出していらっしゃるのを見て


改めて胸に響きました。




ただ現実問題として 今私にできるのは


ささやかな募金くらい。


けれど わずかな気持ちが合わされば、


きっと大きな力になる。




そう信じて、自分にできることを


1年先も2年先も続けていきたいと思います。


一日も早い復興を願い


 






マコセ 前田

お知らせ

マコセ社員blogを見て頂き、ありがとうございます。 2021年4月1日から下記へblogを移行しました。 https://e-macose.jp/blog/