2012年2月25日土曜日

光陰矢の如し

祖父が他界した日のことは、今でもよく覚えています。
2000年1月4日… その日は私の成人式でした。(あ、鮎川です)

地元に帰省していた私は、成人式の前日 祖父が入所していた施設に
逢いに行き、言葉を交わしました。私が中学生の頃に脳梗塞に倒れ
もう5年ほど、子や孫の顔さえわからなかった祖父。
その頃のコミュニケーションの取り方と言えば
「じいちゃん、手握ってみて。もっと強く。おぉ強い強い」
そうすると、祖父がにっこり。
その程度のものでした。

語り合えなくなってから長い歳月が経っていましたが、亡くなる日の前日は
小さなかすれた声で会話をしてくれました。
私「じいちゃん明日、私 成人式なの」
祖父「そうか」
私「着物姿 見せに来るからね」
祖父(うなずく)
私「太ってるからおかしいかもね」
祖父「肥えてる方が着物は似合うよ」
病床に就いて痩せ細り、イケメンだった頃の面影はありませんでしたが
その日は顔色も良く、久しぶりに一緒に記念撮影をしました。


「危ないから皆、病院へ集まって」と連絡が入ったのは、それから
わずか数時間後。近くに住む親戚全員で徹夜で看取り、明け方静かに
その時を迎えました。
言葉を交わした わずか半日後のことでした。
両親は「残念だけど、成人式には行けないね」そう言いましたが
親戚が「一生に一度だから行っておいで」と背中を押してくれ
通夜が始まるまでの半日、目を腫らして複雑な想いで晴れ着を着ました。

今年は、祖父の13回忌…
「じいちゃん、あれからもうそんなに時が経つんだね。
               ばあちゃんも皆も元気で頑張ってるよ」

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